近代野球では、ホームランの数は急増しています。やっぱり、ホームランは野球の華ですね。
それでは、メジャーリーグのベースボールの歴史の中で、
いったい誰が一番大きなホームランを放ったのでしょうか?
近年では、74年にマイクシュミットがアストロドームの天井のスピーカーに打球を当てました。また、90年には、セシルフィルダーがタイガーススタジアムの左翼の屋根を超える本塁打、いわゆるルーフショットを放っています。
そしてカブスのデーブキングマンがリグレーフィールドの場外に何発も打ち込んでいます。
マイク・ピアザ選手が1997年、ドジャースタジアムで開場初となる、左翼場外本塁打を放ちました。9月21日ロッキーズ戦の3回、フランク・カスティーヨから放った37号2ランは左翼スタンドの屋根に弾んで、場外の駐車場に消えました。この歴史的ホームランは公式では146メートルと発表されています。
■古き良き時代のホームラン
ホームラン王といえばベーブルース。
レッドソックス時代の19年4月4日。フロリダ州のタンパのジャイアンツ戦とのオープン戦で187メートルのホームランを放ちました。
26年の6月8日にデトロイトのネビンフィールドで打った当たりは右翼場外まで飛び出し2ブロック先まで転がりました。資料では244メートルとされています。
ルースはこの記録的な記念のボールを、ホームランボールを拾った少年に20ドルでボールを返してもらったと言う。
■場外ホームランといえばミッキーマントル。
1951年の3月26日に南カルフォルニア大のボバートスタジアムで大学生チームと対戦した時に打ったホームランが金網のフェンスだった為に、自分の目で確かめられたという。それが201メートルだった。
53年のセネタース戦(現ミネソタツインズ)で、右打席で放たれた打球は、当時ワシントンにあった、グリフィススタジアムのレフトのはるか上空を越えて場外へ飛び出しました。広報担当が巻尺測った所、172メートルあったと云います。
しかし、ギネスブックによると、このマントルによるもので、60年にデトロイトのタイガーススタジアムで193メートルの大ホームランを放っています。
これが最長ホームランと掲載されています。
しかし、56年5月30日にヤンキーススタジアムの右翼3階席の屋根にぶつけた当たりは191メートルとされている。
■フェンウェイ・パークの赤い壁
レッドソックスのテッド・ウイリアムスが1946年6月9日に放ったホームランは153メートルの大ホームランでこのボールの着弾点を記念して、外野席でただ1つ赤く塗られています。(第42セクション37列21番の席)
■さて、大リーグの歴史建造物といわれる壮大なヤンキーススタジアムで場外ホームランを打った人物はいるでしょうか?
マントル本人が「私の人生の中で最も強烈な打球」と語っているのは1963年5月22日の対アスレチックスでのビル・フィッシャーのカーブを捉えたものでヤンキーススタジアムのライト最上部の銀傘を直撃して跳ね返り、もう少し打球が高ければ場外ホームランだったという驚愕のものであった。
戦前に活躍した、アスレチックスのジミーフォックスが左翼三階席、観客席の椅子に当て、あと「、もう少しで場外へ、」という当たりでした。
前述のミッキーマントルが63年にヤンキーススタジアムの右翼三階席の屋根に当て、本人自身が最長本塁打と語っていたそうです。
ここまで惜しい当たりばかりですが・・・
ところが、一人だけヤンキーススタジアムで場外ホームランを放った男がいました。
二グロリーグ(大リーグに入れない、黒人だけのリーグ)のジョッシュギブソンです。
これも戦前の1934年の話しですが、その打球の凄まじさに、ブルペンにといた連中が、唖然と見送ったそうです。スタジアムの左翼3階席スタンドのはるか上空、200メートルは飛んだと云います。
■大ホームランを放った人物はジョッシュギブソンで決まりですね?
参考文献 週刊ベースボール、メジャーリーグ紳士録 伊藤一雄著、オールタイム大リーグ名選手101人日刊スポーツ出版社、大リーグ雑学ノート 福良良一著