1941年の戦争状態になる直前の出来事
日米間の条約が失効状態になった1941年。戦時色が強くなり、選手が戦地に駆り出され、世間に「野球どころではない」という雰囲気が高まりました。弾圧が目に見えるようになっていた時代の話しです。
この頃、球場にくる観客よりも球場の隣にある、戦車博覧会へ行く客の方が多かったという。連盟は一計を案じ公式戦を一度打ち切って、全球団が集結したトーナメント戦を企画しました。
甲子園球場には開場始まって以来の大観衆が集まり、関係者は皆、驚き「万歳」と叫んだそうです。
ところが更に、驚いたのが、このトーナメント大会の為に、アメリカのナショナル、アメリカン両リーグからわざわざ優勝トロフィーが贈られて来ていた事です。
まさに、国と国が戦争状態にこれからなろうとしていたこの時期に日米のプロ野球の当時者達は、野球興隆の為に手を取り合っていたという。
この出来事に、両国の野球に対する暖かい気持ちを感じました。