泣きながら素振りをした衣笠祥雄

衣笠祥雄の若いころの失態

当時、広島の打撃コーチだった関根順三氏は合宿所に泊まっては若手選手の指導をしていた。

衣笠には毎晩数百回の素振りを課し、関根コーチ自身も深夜まで付き添っていた。

毎夜のマンツーマン指導の成果が出て衣笠はなんとかレギュラーに定着しかかっていた。

ある日の市民球場での試合後、『今夜ぐらいはいいだろ』と
衣笠は酒を飲みに出かけた。久し振りの外出で、つい時も忘れて飲み続け
したたかに酔っ払って合宿所に戻った時にはとっくに門限が過ぎていた。

衣笠が合宿所の玄関からそっと上がろうとしていると
浴衣姿の関根コーチがスーッと現れた。
「しまった。ドヤされる。」と衣笠は思ったが関根コーチはただ
『遅かったなサチオ、さぁ、今夜もバットを振ろうや』と
あの何とも言えない優しげな表情で衣笠にバットを差し出す。

真夜中の合宿所の玄関先でいつものとおり、ふたりきりでの素振り練習が始まった。
衣笠は酔いの中でバットを振りはじめたが意外にも関根コーチは門限や飲酒のことには一切ふれず
ただ淡々といつも通りの指導をするだけ。

衣笠の心にはよけいににこたえた。
「関根コーチとの素振りの約束を勝手に破ってしまった、少しくらい打てるようになって、いい気になっていた、レギュラー出場を当たり前と思い込み始めて油断していた」
弱い自分の情け無さ、関根コーチへの申し訳無さと有り難さで衣笠はそれから、ワンワン泣きながらバットを振り続けた。

景浦将の伝説の東京湾本塁打

広い甲子園、当時は今よりも両翼が18.28mも深く、昭和9年にベーブルースを中心とした全米オールスターチームが来た時もホームランが一本も出なかったが、景浦将は楽々とスタンドに打球を放り込んだ。重戦車のような体でスイングすると10本のうち4本は甲子園のスタンドに届いた。 “景浦将の伝説の東京湾本塁打” の続きを読む

四球のはずがホームラン

東京ドーム開場を翌年に控えた、1987年の10月18日の巨人―広島戦での出来事。

4点のリードをされた巨人が4回裏1死から吉村禎章がカウント2-1からの白武佳久投手の4球目を見送り2-2。ところがスコアボード表示は2-1のまま。

山本文男球審が首をかしげながら自分のインジケータを見ると、2-2になっている。 “四球のはずがホームラン” の続きを読む

5者連続ホームラン

~ゲームセットから一転、偶然から大記録は生まれた。

それは1971年の5月3日のロッテ対東映戦での出来事。

ちなみに、5人連続でホームランを打つことがどの位、貴重かと言うと、4人連続はプロ野球史上わずか6例。それも、86年にヤクルトが大洋戦で、若松、レオン、ブロハード、広沢と続けたのを最後に、27年間も出ていないのだから、いかに貴重な記録であるか・・・。 “5者連続ホームラン” の続きを読む

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