史上最高の捕手は誰か?

川上哲治とバッテリーを組んだ吉原正嬉

地肩が滅法強く、捕球から投げるまでのモーションが小さくて俊敏で送球も正確でした。

捕手としては珍しく俊足で、30個の盗塁を決めたシーズンもあるほど。一塁カバーは全力疾走で、レガース、プロテクターなどの防具をつけたまま走り、打者走者よりも早く一塁まで到達したという。残念ながら、ビルマ戦線で戦死。しかし、この吉原が付けていた背番号27番は、森祗晶、大矢明彦、伊東勤、古田敦也、谷繫元信と、いつしか名捕手の系譜を繋いでいくことになります。

最高の名脇役

何と言っても捕手の森祗晶。

入団した頃の森の時代のジャイアンツは、名投手揃い。藤本英雄、別所毅彦、大友工、金田正一という、そうそうたるメンバー。別所投手に、雨の日に、調整と言って多摩川にかかる丸子橋の下で、相手を務めたそうです。

ゲームでは大先輩達が相手です、当然、投手主導になります。その中で、教えを被り、名捕手の仲間入りをしました。バッテリーコーチ、スコアラーもいない時代です。自分の頭で考え、打者の洞察力を養いました。

こうしてジャイアンツ9連覇に貢献しました。

その森祗晶が西武ライオンズの監督になり、捕手の教えを伝授されたのが伊東勤。

郭泰源、渡辺久信、石井丈、塩崎哲也、等の投手王国だったライオンズの黄金期を支えました。

工藤公康、武田一浩からの教えを受け、活躍した城島健司。

1999年にはダイエーホークスを日本一に導き弱冠25歳で、球界を代表する名捕手の仲間入りをしました。守りだけでなく、長打力がある打てるキャッチャー。ドラゴンズとの日本シリーズで山本昌からインコースの難しい球をホームランにして、私を落胆させました。

後に、海を渡りイチローと共にマリナーズで活躍。

メガネを掛けた捕手で成功

他のスカウトが回避をする中、ヤクルトのスカウト片岡が「この最後の打席でヒットを打ったらドラフトで指名しよう」と、思っていたらレフトポール際にホームランを打ったと言う。

古田敦也は、1993年に盗塁阻止率.644と言う驚異的な数字を残しました。この年、130試合で許した盗塁はわずか16個。

この古田の最強のライバルは谷繫元信。洞察力、記憶力、感性、を使ったインサイドワークでドラゴンズの最強時代を形成。高校時代から強肩は有名で、高校時代が一番送球が速かったとか。キャッチングスタイルは古田の真逆で、それでも理にかなっていると言う。

同じ世代で名前を挙げるなら、中島聡、肩だけなら古田以上でした。今現在は、オリックスの監督で若手を育て上げ、見事な采配をみせ2021年、リーグ優勝を成し遂げました。

星野伸之のボールを素手で捕球したのはご愛敬。

そして、近年の最強の強肩捕手は、ソフトバンクの甲斐拓也!と言いたいところですが、千葉ロッテに在籍している加藤拓馬。伊東勤、中村武志両コーチが、送球時は指先から煙が出ていると表現。

そして、この捕手の中で史上最強の捕手は?

やっぱり古田敦也

大学、社会人を出て、2000本を放ち、首位打者も獲得。キャッチング、スローイング、インサイドワークと全て揃っている、どんな態勢でも送球が出来る。そしてチームを何度も優勝に導いた、この男が史上最高の捕手にふさわしいと思います。

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