同じ投手から2試合連続代打サヨナラ本塁打

サヨナラ本塁打を打つのも大変なのに、2試合連続でしかも代打で同じ投手からとなるとかなりレアなケース。そんな珍しい記録を残したのは豊田泰光。

1968年(昭和43年)8月24日、神宮球場でのサンケイアトムズと中日ドラゴンズの試合。この日の試合は、土曜日にもかかわらず観衆はわずか7500人。人気チームの巨人が広島遠征で不在にもかかわらず、東京のファンは神宮に足を運んでくれませんでした。

この日の神宮球場はセンター方向に8.5m強風が吹いていました。

あと一人からのポテンヒットから始まった

サンケイの2番手の浅野啓司投手は快速球で中日打線を抑え込んで、リードは1点で十分だと思われました。しかし、9回2死になって、葛城隆雄にライト前にテキサスヒットを打たれ、続く千原陽三郎を向かえましたが、0-1からド真ん中の速球を振り抜くとなんと、ライトスタンドに飛び込む逆転2ランとなりました。

3-4と逆転され落ち込むサンケイベンチ。1死後、別所監督は、豊田泰光兼打撃コーチに相談し、代打に倉島今朝徳を起用するとレフト線へ2塁打。しかし、後が続かず2死3塁となりました。そこで豊田に再び問いかけました。

代打オレ

「もういませんよ、俺だけです」と言って本人が打席に入りました。

マウンドにはこの回から登板した山中巽。長身から投げ下ろす速球とフォアボールの若い投手だった。同点のランナーが3塁にいるのはフォアボールが武器の投手はつらい。そう思っているうちにカウントが1-3になりました。ここでフォアボールは投げづらい。山中はストレートを選択しました。

これが内角高めにスッと入ってきたからたまらない。豊田は待ってましたとばかりに強振すると、レフトスタンドポール際に飛び込み、劇的なサヨナラホームランとなりました。

監督の別所は、代打が全部当たったよ、と自画自賛。

同じような展開

翌8月25日の同じ中日戦。7回まで3-2で1点リード。しかし、8回の表に前日同様、千原陽三郎に手痛いタイムリーヒットを打たれて、同点となり9回の裏を向かえました。マウンドには前日と同じ山中が登板。ここで、別所監督は前日の再現すべく、3人の代打を送りましたが得点に結びつかず、延長戦に入りました。

10回の表を河村保彦が抑えると、サンケイはその裏、1死1.2塁のチャンスを向かえました。こうなれば、もう豊田を出すしかない。豊田が打席に入ると、前日より少し多い観客9000人のスタンドからは期待の拍手が送られました。

「2匹目のドジョウはいないぞ」とヤジが中日ベンチから飛び、サンケイベンチ、スタンドにもはっきり聞こえました。

豊田は1-1からのフォークボールを救い上げると、打球はレフトスタンド最前列に飛び込むサヨナラホームラン。

「2球目の外角低めのいいコースをボールと判定されて山中はくさっていた、次のボールを狙って右へ流すつもりでいたら遅いボールが来たので思いっきり引っ張った」と豊田の勝負強い面目躍如の一打でした。

余談ですが、この年に、後のエースになる松岡弘が入団しました。

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